連載「ながく、つきあう。」
Oct 24, 2026
vol.01|NPO法人アンビシャス
その膝に、乗れる理由
ドッグセラピーと聞いて思い浮かべていたのは、
可愛い犬を見て、そっと撫でたり
抱っこしたりする時間でした。
京都で1999年から、犬と一緒に高齢者施設や障がい者施設を訪問し、
活動を続けてこられた話を聞き、その想像はすぐにくずれました。
「ドッグセラピーって、おとなしい犬を触ってもらって、
抱っこしてもらって、それだけ、という感覚の人がすごく多いんです。
でも私たちは、もう一歩踏み込み、犬たちと触れ合います。
だからその分、犬たちもたくさんトレーニングを積んでいます」
NPO法人アンビシャスの理事長、松岡幸子さんと、
理事の湯浅あやのさんのお二人にお話を伺いました。
京都とその近くで、動物や自然、
地域と向き合いながら、活動する人を訪ねる連載。
その一回目です。

京都で、犬とともに
アンビシャスの始まりは1999年。
犬のトレーニングに打ち込んでいた松岡さんが
トレーニング仲間と立ち上げた任意団体「京都セラピードッグ」でした。
きっかけは意外なほどシンプルだったそうです。
ドッグショーや競技会に向けて、しっかり訓練を重ねてきた
賢くてかわいい犬たち。
その犬たちと一緒に、「地域に何か貢献できないか」と。
まだ「ドッグセラピー」という言葉もなかった時代、
犬との触れ合いが癒しになるのではないか。
そういった思いから、活動は始まります。
ところが当時は、「犬は汚い、噛む、吠える、おしっこをする」と思われていた時代。
施設に犬を入れてもらうこと自体が、簡単ではありませんでした。
知人のつてを頼りに、まず二つの高齢者施設から始めたそうです。
2004年4月にNPO法人になったのも、同じ壁があったからだと聞きました。
個人が「うちの犬は賢いから大丈夫です」と言っても、なかなか信用してはもらえない。
法人という形をとれば、少なくとも断られ方は変わるかもしれない。
そんな、地に足のついた理由だったそうです。
2015年には認定NPO法人に。
京都・滋賀・大阪を中心に訪問を重ね、
2024年度には累計の訪問活動が2,300回を超えました(アンビシャスの2026年版資料より)。
いまの活動の柱は、三つです。
・ドッグセラピー:
高齢者施設や障がい者施設、病院のホスピス病棟、
精神科のクリニック、大学などを訪ねる活動。
2026年版の資料では、年間120回以上
・いのちの授業:
保育園や小中学校などで、犬とのふれあいを通して
いのちの大切さを伝える授業。
京都市が2012年度に始めた「きょうとアニラブクラス」
(市内の幼稚園・小中学校を年に約20校訪ねる出張教室)には、
開講当初からすべての授業にセラピードッグを同行させています。
2015年度からは、京都医療少年院での授業も担当しています
・ペットと防災:
災害のとき、ペットと一緒に避難するための備えを伝える活動
「施設さんが犬を受け入れてくれる幅は、
この活動を続けるなかですごく広がりました」と松岡さん。
ただ、そう言ったあとに、こう続けました。
「でも、飼い主の意識は、まだ近づいていないかな」
この一言の意味は、話を聞くうちに少しずつわかっていきました。
撫でる時間、ではない
アンビシャスの活動は、1回1時間ほど。
会員さんが自分の愛犬を連れて、たいていは4、5頭、
多いときは10頭ほどで施設を訪ねます。
よく聞かれるのが、「犬にとってはストレスにならないの?」という質問だそうです。
湯浅さんは、牧羊犬にたとえて説明してくださいました。
「牧羊犬は、羊をまとめなくちゃ、と思って走っているわけじゃないんです。
飼い主さんと一緒にやるのが楽しい。
褒めてもらえたら、ああ今日も楽しかった、になる。
トレーニングしていたら、セラピーも同じなんです」
とはいえ、楽な仕事ではありません。
盲導犬や聴導犬が寄り添うのは、決まった一人です。
歩く道も、だいたい決まっています。
セラピードッグは、初めての場所で、初めて会う人の膝に乗り、その人に触られます。
だから、いちばん大変なのはセラピードッグかもしれない。
湯浅さんの付き合いのあるトレーナーは、そう話すそうです。
それでも、犬たちはおだやかに膝の上で過ごします。
なぜでしょう。
「私が『ここに座って、待っててね』って渡した人だから。
この人は信用していい人だ、って、この子は思ってくれているんです」
初めて会う人の膝に、安心して乗れる。
その理由は、犬の性格やその時の犬の気分などではなく
飼い主とのあいだに積み重ねてきた信頼でした。
その信頼は、活動の仕組みにもあらわれています。
アンビシャスでセラピードッグとして活動するには、
独自の認定資格「ADTA」の試験に合格する必要があります。
試験は、かならず飼い主自身がハンドラーになって受けるきまり。
合格した犬と飼い主がペアになって、活動に参加します。
犬だけでなく、飼い主と犬を一組として見ている。私たちはそう受け取りました。
2026年版の資料に載っている、認定セラピードッグは29頭。
トイプードルやミニチュアシュナウザーのような小型犬から、
ゴールデンレトリバーやボーダーコリー、ニューファンドランドまで、
犬種も大きさもさまざまです。
10年、続けるということ
「ある障がい者施設には、10年ほど、ほぼ毎月通っています。」
通い始めたころは、利用者さんたちが声を上げて走り回り、
リードを渡しても犬のことを見ずに引っ張ってしまう状態だったそうです。
それでも毎月、
「犬には優しくしようね」
「犬の様子をよく見てね」と伝え続けました。
いまではみんな落ち着いて、室内で犬を連れて歩けるようになったといいます。
施設の職員さんも、その変化を口にするそうです。
「いま、アンビシャスでは、新しい依頼を受けていません。
一度訪ねると、ほとんどの施設から「毎月来てほしい」と頼まれるからです。
年に1回だけ、犬と触れて楽しかった、で終わってしまうことはありません。
いろんなところに1回ずつ行くより、きちっと続けていきたい」
続けることで、はじめて見えてくる変化がある、と話してくださいました。

かわいがる、の先にあるもの
「飼い主の意識は、まだ近づいていない」。
松岡さんがそう言うのは、犬を大切にしていない人が多いということではありません。
「すごくかわいがっている人は多いんです。
いいものを食べさせて、服も着せて大切にしている一方で、
マナーや周囲への配慮という点が疎かになってしまっていることも多いんです 」
海外では、犬と一緒に電車に乗り、レストランに入れる国もあります。
松岡さんはそれを、犬が「パートナー」として扱われているからだと言います。
一緒にどこへでも行ける。
その代わりに、飼い主はちゃんと責任を持つ。
湯浅さんも、こう話します。
「トレーニングと言うと、
『うちの子を警察犬にするわけじゃないから、いいです』って言われるんです。
でも、そうじゃなくて、自分も地域の人も、
気持ちよく暮らしていくためのことなんです」
もうすぐ18歳になる子
湯浅さんの愛犬は、もうすぐ18歳になります。
目はほとんど見えず、耳もあまり聞こえていません。
それでも、3、4時間おきにトイレの場所へ連れていき、
「シーシーして」と声をかけると、ちゃんと済ませてくれるそうです。
18年間、同じベッドで寝てきて、粗相をしたことは一度もない。
「トイレトレーニングはきっちりやってきました。
今になって、やっておいてよかったって、すごく思うんです」
トレーニングが活きるのは、老いたときだけではありません。
ある大きなスタンダードプードルは、
動物病院で「じっとしててね」と声をかけるだけで、エコー検査を受けられるそうです。
病院では、多くの場合に暴れるからと言う理由で、治療をするために麻酔をかけます。
治療のたびに、毎回麻酔をかけるのか、それとも『じっとしてて』で済むのか。
一生のうちに何度もくり返す負担を考えたら、
それは、どちらがいいのか。
講習会の時などでは、うちの子には無理だと言う飼い主さんもいるそうです。
そんなとき、湯浅さんは人間の子どもの話をします。
「赤ちゃんのころはみんなおむつでも、2歳、3歳になればトイレを覚えていく。
犬も同じです。
教えたら、できる。
すごく時間のかかる子も、かからない子もいますけど、できるんです」
犬と 一緒に行ける場所を増やし、病院で怖い思いを減らし、
年を取ってからの暮らしを支えてくれる。
トレーニングは、犬と人が一緒に過ごせる時間や可能性を、
少しずつ広げていくものでした。
災害のときにも、同じことが問われる
アンビシャスが伝えている「ペットと防災」も、
この話につながっていました。
いただいた資料では、ペットと一緒に避難するための飼い主の備えを
「ココロ・モノ・ワザ」の三つに分けています。
・ココロ:
飼い主の強い気持ち、飼い主とペットの強い信頼、
そしてご近所さんとの信頼・信用
・モノ:
ケージや首輪、リード、水、フード、薬などの用意と、
飼い主がいないときに世話を頼める人
・ワザ:ペットはケージで過ごせる、決まった場所でトイレができる。
飼い主はペットの気持ちをコントロールできる
ケージで過ごせることも、決まった場所でトイレができることも、
ふだんのトレーニングそのものです。
そして、ご近所さんとの信頼が、備えのひとつに数えられている。
まわりに迷惑をかけないことは、いざというときに
地域に助けてもらえる関係にもつながっているのかもしれません。
アンビシャスの2026年版のパンフレットには
「最後まで責任をもって飼いましょう」という言葉とともに、
「パートナーとして信頼関係を築こう」と書かれています。
かわいがる、の先に、信頼して任せ合える関係を、
お二人は「パートナー」と呼んでいるのだと思いました。
海の向こうの、犬との距離
「ドイツだと、普通の公園にドッグクラブみたいなものがあるらしいんです」
お二人が教えてくれたのは、犬を飼い始めたあとの話でした。
そこへ行って「犬を飼い始めました」と言えば、
先輩の飼い主さんたちが「こうした方がいいよ」と教えてくれる。
そのグループが合わなければ、少し行った先にも別のクラブがある。
もっと困ったら、ドッグトレーナーに相談もできる。 それが、ごく自然なことだそうです。
日本では、犬を迎えたあと、どう教えればいいか分からないまま
暮らしている人も少なくありません。
「飼い始めたら、こういうしつけをしましょう、
という入り口がもっとあっていい」。
お二人はそう話します。
留学生が教えてくれたこと
アンビシャスは、大学でもセラピーを行っています。
海外留学生たちもいる授業やイベントに呼ばれる際も、
定員はいつもすぐに埋まるそうです。
そこで留学生に、自分の国の犬の事情を聞くと、
本当にさまざまな答えが返ってくる。
タイでは、エアコンが普及してからハスキー犬が人気になった。
中国には、大型犬の散歩の時間が決められているところがある。
中東では、家を守るガードドッグが好まれる。
犬との暮らし方には、その国の暮らしそのものがあらわれるのかもしれません。
「愛護」と「福祉」
また、お二人は、こんな話もしてくださいました。
「海外では、動物愛護っていう言葉では、言わないですよね。
動物福祉と言われる」と。
湯浅さんは、「動物愛護」と「動物福祉」という二つの言葉の違いをこう説明します。
「動物愛護は、人間から見た動物なんです。
動物福祉は、この動物がこういう暮らしをしたらどうなんだろう、という動物の目線の考え方」
松岡さんは、猟犬や牧羊犬の話もしてくださいました。
猟をする時の猟犬の役割、羊の群れをまとめ、うまく誘導する牧羊犬。
一緒に何かをすることで生まれる、信頼関係や特別な絆。
そこに、「パートナー」という言葉の根っこがあるように感じました。
人とともに歩んできた犬たち。
かわいいから大事にする。
でも、それだけではなく、その子にとって、どう暮らすのがいいのかを考える。
お二人の活動は、ずっとその目線に立っているように見えました。

取材を終えて
しつけも、防災も、子どもたちへの授業も、一本の線でつながっている。
ドッグセラピーのお話を伺い、犬との触れ合いの活動を通じ、
犬と暮らす人の意識が少しずつ変わっていくような、
メッセージを発信されているのだと感じました。
そして、周囲の人たちを巻き込みながら、根っこから向き合っていく。
その活動が、地域で犬と暮らしやすくなることにつながっていく。
遠回りに見えるその道のりは、お話を伺うなかで、
私たちが、鹿と地域のあいだで感じていることと、似ているとも思いました。
私たちRawtoは、京都・舞鶴で獣害対策のために捕獲された鹿の命を、
犬のためのジャーキーやふりかけとして活かしています。
ですが、獣害もまた、捕獲したあとの対応だけでは変わりません。
そもそもの、根っこのところと向き合って変えなければ、変わらない。
もうひとつ、心に残ったのことは、ドイツの「教わる場所」の話です。
犬を迎えたい気持ちはあっても、どう教えればいいのかが分からない。
調べれば情報は出てきても、それで合っているのかは分からない。
そんな人は、私たちのまわりにも少なくありません。
飼い始めたときに、気軽に聞ける先輩がいる。
それだけで、犬との暮らしはずいぶん違うものになるはずです。
NPO法人アンビシャス
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項目 |
内容 |
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あゆみ |
1999年に任意団体「京都セラピードッグ」として活動開始。 |
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活動 |
トレーニングを積んだセラピードッグとともに、 |
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公式サイト |
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