朝もやの残る山あいの草原に、若葉をつけた一本の木が立つ。奥には青空と稜線(イメージ) 朝もやの残る山あいの草原に、若葉をつけた一本の木が立つ。奥には青空と稜線(イメージ)

新しい芽、命のはじまり。
春の森から。


森に春が来た。

一歩足を踏み入れると、森の空気が変わったことに気づく。

つい先日までの冷たさが、少しだけ和らいでいる。

そこに春の光が差し込み、柔らかな緑が透けて見える。

舞鶴の森にも、春が来たのだ。

 

 

森が、目を覚ます


冬の間、森は眠っているように見えた。

枯れた枝、落ち葉の絨毯、静まり返った空気。

色彩は少なく、音も少なく。

ただ、じっと耐えているような、そんな佇まい。

でも春になると、森は動き出す。

足元を見れば、若草が顔を出している。

昨日まで何もなかった場所に、今日は小さな緑がある。

木の枝先には、膨らみ始めた芽。

日に日に、森の色が変わっていく。

朝、森に入ると、鳥の声が違う。

冬の間は時折しか聞こえなかった囀りが、今は賑やかだ。

求愛の歌。縄張りの主張。

新しい季節への、喜びの声。

森全体が、目を覚ましていく。

生きとし生けるものが、動き始める。

 


小さな足跡、新しい命

 

雨上がりの朝、森の入口に小さな足跡を見つけた。

鹿の蹄の跡。

子鹿だろうか。

まだ生まれて間もない、小さな命が、ここを通ったのだ。

その足跡を辿りながら、歩く。

鹿の足跡を見つめながら、思う。

この小さな足跡の主も、いつかは大きくなって、森を駆け回るようになる。

草を食み、木の芽を食べ、水を飲む。

そして、いつかは次の世代へと命を繋ぐ。

 

命は、単独では存在しない。

太陽の光があり、雨があり、土があり、その全てが調和して、共存している。

鹿も、森があり、草があり、水があって、生きられる。

その営みの中で、私たち人間も、関わっている。

この繋がりを忘れずにいたい。

自然の恵みがあり、それをいただいて、生きている。

めぐる大きな命の輪の中に、人間も参加させてもらうこと。

小さな循環だけれど、確かに繋がっている。

森の恵みを受け取り、丁寧に扱い、感謝を込め、

誰かの健康と幸せに繋げること。

森と人との関係を保つこと。


獣害対策という現実。

やむなく捕獲される命。

でもその命を、無駄にしないこと。

それもまた、めぐりの一部なのかもしれない。

 


森の恵みに。めぐる命に。

 

春は、始まりの季節だ。

希望を感じ、何かが始まる予感に満ちている。

新しい芽、新しい命、新しい一年…。

そして、命が生まれる季節。

若草が芽吹き、水が豊かになる季節。

厳しい冬を越えた命は本来の活気を取り戻しはじめ、

新しい命がいっせいに育ちはじめる。

昨年の春も、その前の春も、森はこうして芽吹いた。

次の命を育てる森がそこにはある。

命は生まれ、育ち、やがて土に還り、そしてまた新しい命が生まれる。

命が季節と共に巡る。

終わりと始まりが、境目なく繋がっている。

 

 


優しい春の光差し込む。木々の間を抜けて、地面まで届く。

森には柔らかな緑が広がっている。

春は、何度も訪れる。

でも、今年の春は、今年だけのもの。

今日見た若草も、見つけた足跡も、二度と同じものはない。

だから、この瞬間を、大切にしたい。

 

めぐる季節の中で、いただくということ。

この一口にも、春の森がある。

今日もこの恵みを、めぐる命を、いただきます。

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