命は眠るように。静かにめぐる冬
海からの風が吹きつけて、木々は身を縮めるように枝を揺らす。
舞鶴の冬は、京都の中心部とは違う厳しさを持っている。
森が、すっかり白く染まる。
寒さの中で、ふと立ち止まって森を眺めると、
静けさの向こうに何か確かなものが息づいているのを感じる。
沈黙。
それは、何もない空虚ではなく、むしろ何かを待っている、
あるいは守っているような、充ちた静けさだ。
ある日、森の入口近くで鹿の足跡を見つけた。
まだ新しい。
数時間前のものだろうか。
その跡を目で追いながら歩いていると、不思議な感覚に包まれた。
足跡という、ほんの小さな痕跡。
でもそれは、確かにそこに命があったという証だ。
鹿は今、どこかで息をして、心臓を鳴らし、体温を保ちながら生きている。
沈黙の中に宿る力
葉を落とした木々、凍てついた土。
雪が積もると、森はさらに静かさを増す。
生き物の気配も薄く、ただ冷たい空気だけがある。
でも、それは表面だけを見ていたからだろう。
実際には、冬の森ほど命の営みが濃密な場所はないのかもしれない。
雪の下では、小さな生き物たちが息をひそめている。
木の幹の中では、春を待つ樹液が静かに流れている。
鹿たちは、わずかな草や木の芽を探して、雪をかき分けながら歩く。
猪は落ち葉の下の根を掘り起こす。
眠っているのではない。
ただ、静かに、じっと、生きている。
沈黙の中にこそ、力がある。
命の循環の中で生まれた恵み
私たちRawtoが日々向き合っているのは、まさにこの「命」だ。
舞鶴の森で捕獲された鹿。
その一頭一頭には、森を歩いた日々があり、
風に耳を澄ませた瞬間があり、生きようとした軌跡がある。
そのことを、忘れたくないと思っている。
獣害対策という現実の中で、やむなく失われる命。
でも、その命を無駄にしないこと。
この小さな一切れには、森を駆けた鹿の命が宿っていること。
丁寧に扱い、感謝を込めて、誰かの健康と幸せに繋げていくこと。
それが私たちにできることだと考えている。
一つずつ、丁寧に。
その命を、今こうしてあなたに繋げているということ。
命の循環の中で生まれた恵みを、あたたかな食卓へ。
いただくということの、重み
「いただきます」という言葉の意味を、改めて考える。
食べるということは、誰かの命を受け取るということだ。
命をいただくということ。
それは、重い言葉かもしれない。
でも、その重さを感じながら生きることが、命への敬意なのではないかと思う。
軽々しく扱わない。
当たり前だと思わない。
一口一口に、物語があることを忘れない。
それは人も犬も変わらない。
それは壮大な物語ではなく、小さな、けれど確かな、日々の積み重ね。
愛犬という家族との時間を大切にしながら、森の恵みに感謝しながら。
あなたと愛犬の物語に、
もし私たちの想いが、ほんの少しだけ寄り添えるなら。
それは私たちにとって、何よりも嬉しいことだ。
冬の自然が静かに営む循環
騒がしい声や、華やかな色彩がなくても、命は静かに、
しかし確実に、自分の存在を刻んでいる。
冬の森が教えてくれるのは、そういう命の在り方だ。
冬という季節は、命が一度立ち止まり、
自分自身を見つめ直す時間なのかもしれない。
派手さはないけれど、その静けさの中にこそ、
生きることの本質が宿っているように思えてならない。
愛犬と暮らす日々の中でも、似たようなことを感じる瞬間がある。
特別なことは何もない、いつもと同じ朝。
家に帰れば、小さな温もりが尻尾を振って迎えてくれる。
ストーブの前で丸くなって、幸せそうな顔をしている。
そんな姿を見ていると、ああ、これでいいのだ、と思う。
隣で静かに眠る犬の寝息を聞いていると、
今日も一緒にいられる、と胸がじんわりと温かくなる。
この子の健康を守ること。
毎日の食事を、心を込めて選ぶこと。
それはとてもシンプルなことだけれど、その積み重ねが、
この子との時間を、少しでも長く、幸せなものにしてくれる。
声高に語られることではないけれど、
日常の中に確かに宿っている、命のぬくもり。
森が静まる冬。
森は沈黙の中で、春を待っている。
命は眠るように、静かにめぐる。
私たちも、静かに日々を重ねていく。
冬の森は、そんなことを静かに教えてくれる。